琉球空手にも大きく三つの系統首里手、那覇手、泊手とある。
地域性に大きなファクターがあるという。
琉球古来の武術にそれぞれの外来武術が交わり合い確立されていくのだが、王都首里は冊封使系(師団警護いわゆるSP)、

港町那覇は久米村系(久米人によって持ち込まれた武術および海賊対策)、

その中間である泊は王府直轄の出先機関なので基本は首里手の流れだが、泊港に漂着する難民武人(言わばアウトロー?)のスタイルも入り込んだと。(その辺はまた近々アップしよう)

ならば那覇手は『久米手』という呼称でも良かった?
しかしこの3系統がおおよそ確立される時代は琉球が日本に併合された頃で、中国系の流れを表に出せない圧力があったのか。
ハーリー3艇(那覇、久米、泊)との違いは何だったのか。
未だ興味深いテーマだと思う。
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E.KEMURA
代表 : 株式会社 琉球Press
沖縄県内で、外国人向けのフリーペーパー Japan Update の運営を経て、現在は沖縄英字ウェブマガジン Okinawanderer の発行、国際交流プログラム開催、および外国人向けライフスタイルサイト Okistyle を運営する(株)琉球プレスの代表。日々外国人と民間業者との接点を作り出すコーディネーター、コンサルタントとしても絶賛驀進中! 2018年より毎週火曜日午後7時台エフエム沖縄『Share TIME』にボス・イケムラとしても沖縄の隠れた魅力を発信中!

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