Invisible RYUKYU 第98回目は『インビジブル満載首里散策〜美人になれる湧水』

新春一発目のインビジブル! やり切って参りました〜!!

今年も力の限りかっ飛ばしていくんで、ィヨロシクロックンロール!!!

まずの2020年一発目のネタは、まだ新年間もないということでね、先週に引き続き首里のインビジブルストリートを紹介しました〜!

首里から那覇にかけての歴史街道にはかなり多くのインビジブルストーリーが埋もれているけども、今日はその中でも首里近辺のヒストリックロードインビジブルを紹介しました♪

まず今回は首里に上る、ではなく首里城からスタートという形で進めてみましょう!

まず首里城を背にして守礼門をくぐり玉陵、首里高校方面へ足を運びます。

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この守礼門一つ取っても興味深いストーリーはあって、門の扁額には何と書かれているか分かりますよね?

そう『守禮之邦(しゅれいのくに)』と書かれていて、意味は『礼節・礼儀を守る国』という意味なんですね。

素晴らしい!と思いきや、

実はこれは明らかに冊封使へ向けての歓待的なイメージ戦略だったと言われていて、冊封使が来る時にだけこう掲げて中国への忠誠心を表し、そうでない時には別の『首里』と書かれた扁額などを掲げていたらしい。

結構したたかにやっていたんですね〜♪

でも後に、17世紀頃から常設で『守禮之邦』を掲げるようになったんだとか。

その守礼門も戦争で跡形もなくなり、1958年に再建され復帰後には沖縄県指定有形文化財となる。

しかし再建当時は首里城自体はもちろん無く、なんと守礼門の後ろには琉球大学がそびえ立つというかなり異様な光景で、日本がっかり観光名所にも選出されるほどだった。

門の後ろは琉球大学 写真:沖縄公文書館所蔵

門の後ろは琉球大学 写真:沖縄公文書館所蔵

その後ようやく首里城が再建されて始めて、守礼門も今の時代にその存在感を大いに放つことになるのである。

そしてこの守礼門、実は当時の首里城の入り口ではなかった。

守礼門よりもっと南側、左手に玉陵を見ながら歩いていくと首里高校あたりに琉染という紅型染物体験工房があるんだけど、そこに『中山門』という本当の意味での首里城の入り口である門が建っていた。

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琉染さんの店舗入り口にもでっかく中山門跡という看板が建ってる。

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そして首里城からその門までの道を『綾門大道(あやじょううふみち)』と言って、守礼門を『上の綾門』、中山門を『下の綾門』と呼んでいた。

そんな中山門も琉球王国解体後には老朽に老朽を重ね、最後には風呂場の薪として使われたという非常に悲しい最後を遂げたらしい。。

その守礼門から中山門の間には左手に玉陵があり、その次に安國寺がある。酉年のみなさん、お参りに行ってくださいね♪

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そして道を挟んで反対側、いわゆる首里高の敷地は次期王子が住む『中城御殿』であった。

その中城御殿は王朝時代終盤に龍潭の向かいに場所に移動し、戦後には県立博物館が建てられた。県立博物館が新都心に移った今、またその場所に中城御殿の復元計画が進められている。

以前にも伝えたことあるけど、当時の中城御殿には王朝時代のお宝ものがたくさんあって、沖縄戦のどさくさに紛れて相当数のお宝が盗まれたんだとか。

その中には今では国宝でもある、琉球国王様の冠、『玉冠』の1つも含まれていて、現在FBIの盗難美術リストにも登録されているという。

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そしてまた那覇向けに歩くと、右手に先週話した『首里観音堂』が見えてくる。

万歳嶺と呼ばれていた見晴らし抜群な景色は今でも健在で、境内の中から那覇を一望できる休憩所もあるので疲れたらここで一休み。

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さらに道を降りていくと、坂下通りに合流。この坂下という名前も、首里城から坂を下りていく道ということで坂下と名付けられたとか。

坂下に合流するとすぐ左手に下りれる道があり、下りきったところでちょっとした茂みが現れる。

その茂みの細道を歩いていくと、え?こんなところに?という場所に湧き水が現れる。

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実はこの湧き水、松川ヒージャーと言って、すごく面白い話がある。

琉球王国時代、今首里城から下ってきたように松川は首里城からすぐの下町。

で、どういうわけかビギンが多い、いや美人がすごく多い村だった。

首里の役人たちが嫁選びには必ずと言っていいほど立ち寄る場所だったらしい。

その美人が多い理由というのが、なんとこの湧き水だと言われていて、この松川ヒージャーを元に生活している村の女性だから美人になると言われるようになる。

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そんな奇跡の湧き水も戦争によって跡形も無くなったと言われていたんだけど、戦後その場所に闘牛場が作られ、その後旧都ホテル建設の際に取水口が発見されて敷地側の協力もあって今の形に復元されたんだとか。

今でも美人祈願にと水で顔を洗うなど訪れる人も多いようです♪

現在は飲むには適さないと思うのでお気をつけて。

という流れの首里城近辺散策の話でした(^^)

舗装後最後の一枚は、湧き水で顔を洗うロックンロールな画!

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ぜひ訪れてみて!

ワワワワケンロー!!!


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E.KEMURA
沖縄県内で、外国人向けのフリーペーパー Japan Update の運営を経て、現在は沖縄英字マガジン Okinawanderer の発行、および外国人向けライフスタイルサイト Okistyle を運営する(株)琉球プレスの代表。日々外国人と民間業者との接点を作り出すコーディネーター、コンサルタントとしても絶賛驀進中!
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