Invisible RYUKYU 第93回目は『実は波乱万丈の歴史あり・大人気スポットアメリカンビレッジ』

はいさいロックンロール!!!

今日もやり切って参りました『Invisible RYUKYU』!!

聴いてもらえましたか〜(´∀`)

ラジコでも追っかけ再生可能です♪

まだまだ続くぜ北谷町!ってことで、今夜も北谷インビジブルお届けしました!

やはり北谷と言えば何と言っても『美浜』&『アメリカンビレッジ』ですよね♪

てなところから、恒例のボス・オープニングアカペラソングは、『サーカス』の代表曲『Feeling America』を毎度懲りずにハズしながら歌うという大暴挙!

今尚進化を遂げる美浜エリアなんですが、あまりに急激に発展し過ぎていつの間にか街が出来上がってた感がないですか??

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そこで、ここらあたりで少し美浜のバックグラウンドについてもお届けしてみたいと思います(´∀`)

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ラジを聞いた後にて、これまでとは違った角度の美浜を感じてもらえればと思います♪

まず、前回にもお伝えしてますが北谷町は戦後に嘉手納が分村して、今のような小さい行政区となりました。

その土地の大きさランキング、県内41市町村の中の第35位! やはり小さいんですね。

そんな中において尚米軍基地が未だ町の面積の半分以上を占めている状況。

戦後も散在する基地の存在によって様々な弊害を被っていた最中、昭和56年にようやく町民の念願であったハンビー基地とメイモスカラー射撃場が返還され、町としてもようやく他の地域と肩を並べて経済政策を考え出せる所まで来た。

これまでは顔のない街とも言われ、特徴的なものも無ければ商業地区も無い。

そこで返還された海岸沿いという立地を思う存分に生かした街づくりをしていこうという流れとなった。

立地性に加えて、県民の趣向、行動パターンなどを分析し、

当時ウチナーンチュの大半の娯楽はドライブが主であり、県内に点在しているリゾート施設に行くことなどはほぼ皆無であった。これは当時のリゾート施設が県民向けではなく県外からの観光客向けで、サービス料や客単価なども割高であったことが原因だろうと。となると、それまでには無かった県民が気軽に遊べるような都市型リゾート空間、沖縄とアメリカの文化を融合したような特色ある街づくりをすれば県民は喜んで集まってくれるのではないかと。

立地的にも県の大動脈、58号線に面しているし、那覇からも沖縄市からも北部からも気軽に遊びに来れるちょうどいい中間地点でもある!と。

確かにそうだ、そしてホントにその狙い通りになってるよね♪

で、まずの始めにハンビー返還エリアを商業地区として盛り上げていく形で、大型ショッピングセンターがエリア中央部に整備される(平成2年)、アラハ公園がオープン、それをきっかけにアラハビーチの前の通りではファッションや飲食、専門店のテナントが次々にオープン、そしてハンビーナイトマーケットなどで若者を中心にじゃんじゃか火がつき始めた。

ハンビー飛行場:北谷町提供

ハンビー飛行場:北谷町提供

ハンビーエリアの推移もスゴい!

ハンビーエリアの推移もスゴい!

同時に、ハンビーエリアの効率的土地利用、住宅用地、運動公園整備などを目的として、縦に長く伸びるメイモスカラー跡地から海にかけて大規模な埋め立てを行う。

それが今の美浜エリア。

埋め立て前の美浜地区:北谷町提供

埋め立て前の美浜地区:北谷町提供

昭和63年竣工

近年の美浜エリア!

近年の美浜エリア!

ハンビーエリアだけでは終わらせられない、それだけでは永続的な経済政策にはならない、それに続く商業地開発をすでに構想していたんだよね。

自分たち世代はハンビーエリアができただけでも、すごくオシャレな街ができたな〜!これからの若者の街か!と思ったもんだけどね(^^;

で、まずは埋め立て地に北谷運動公園の整備、野球場、陸上競技場、サンセットビーチなどが整備されていく。

その隣の広大な埋め立て敷地にいよいよ巨大商業エリア、アメリカのサンディエゴをモデルにしたという『美浜タウンリゾート・アメリカンビレッジ』構想が持ち上がるわけなんだけど、

ここにもまた紆余曲折あったらしいんだな。

時は平成に入ってすぐ、バブル絶頂期ですね!

当時埋め立て事業にかかった費用が50億ほどだったという。

当初はその費用を企業誘致によって賄う予定で、企業誘致のあり方としても1デベロッパーに全てを一任しプロのノウハウによる都市型リゾートを目指していたそう。

しかしまさかのバブルが弾け、その1デベロッパーリゾート構想自体が頓挫してしまう事態となった。

そこで1デベロッパー構想から複数社への土地売買契約を余儀無くされる状況となる。

となると、そこで懸念材料となってくるのが、複数の企業での各々の開発となるとコンセプトもバラバラで利害関係の発生や景観問題、リゾートタウンとしてのまとまりが失われてしまうかもしれないと。

そこで企業体による街づくりのテーマ、コンセプトの共有が急務となり、先にも述べた県民向けリゾート基本構想、『安くて』、『近くて』、『楽しみのある』街、そして日帰りでリゾートできるという『美浜タウンリゾート・アメリカンビレッジ』構想をしっかりと共有し、様々な条例まで作って街づくり計画していくことになったんだと。

アメリカンビレッジ完成報告書より。9番のかんぽの宿、サンセット美浜もなつい!

アメリカンビレッジ完成報告書より。9番のかんぽの宿、サンセット美浜もなつい!

ここも近年と比較!だいぶ変わった!

ここも近年と比較!だいぶ変わった!

今でこそ県内を代表する観光リゾート地で、米軍跡地利用大成功例だと思うけど、その事件をきっかけにもしかしたら全然違う街づくりになっていたかもしれないし、逆に1デベロッパーでいけてたとしても今のような活況があったかどうか定かじゃない。

と考えると、その時代背景やバブル崩壊という事件もある意味では良かったのかもしれないよね。

埋立地だから出来た部分もあると思うけど、1500台を収容できる無料駐車場の設置も当時は斬新的だった。ここにも沖縄県民の行動パターン、車社会の特性を先読みした構想があったんだよね。ドライブついでに北谷寄る? 駐車場もあるしね♪ って。

ただ、この無料駐車場の運営にも当時としては目新しい手法が取り入れらていて、管理費の一部は入居している企業によって負担してもらうという形になっているという。このあたりも知った以上、今後は多少なりとも入居している企業に感謝しながらショッピングや観光もしていければと思うよね(^^)

ということで、毎度駆け足でお届けした『北谷・美浜アメリカンビレッジ』インビジブルでした!

放送後の一枚は、、特にポーズを何も思い付かず、、、

英会話レッスンで取り上げた、『国体道路は23号線だよ』という内容から、、

23、23、、23、、、マイケル・ジョーダン!!!

ということで、エアージョーダンのポーズを3人で(^^;

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言わんと分からんくらいの出来だな。。

ワワワワケンロー!!!!


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E.KEMURA
沖縄県内で、外国人向けのフリーペーパー Japan Update の運営を経て、現在は沖縄英字マガジン Okinawanderer の発行、および外国人向けライフスタイルサイト Okistyle を運営する(株)琉球プレスの代表。日々外国人と民間業者との接点を作り出すコーディネーター、コンサルタントとしても絶賛驀進中!