日本一人口の多い村『読谷』は、沖縄戦初頭、米軍が上陸してきた場所でもある。
日本軍は持久戦に持ち込む作戦で、水際での防衛は無く、あっという間に上陸し、その日のうちに中部は陥落したと言われる。
日本軍が読谷に建設していた読谷飛行場も占領され、米軍の飛行場として機能する。
さらに残波岬近くの宇座海岸にもボーローポイントという飛行場が建設され、村の90%が米軍エリアとなった。
その飛行場跡に、現在村役場や運動公園が立ち並び、滑走路跡は今でもはっきりと分かる

また、旧日本軍が作った戦闘機の格納庫『掩体壕』も一基のみ残っている。

さらに基地跡の高台と低地を結ぶ巨大トンネルが建設中だ。

これからも沖縄戦の爪痕はしっかりと残し、歴史を伝えながら発展してもらいたい。
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E.KEMURA
代表 : 株式会社 琉球Press
沖縄県内で、外国人向けのフリーペーパー Japan Update の運営を経て、現在は沖縄英字ウェブマガジン Okinawanderer の発行、国際交流プログラム開催、および外国人向けライフスタイルサイト Okistyle を運営する(株)琉球プレスの代表。日々外国人と民間業者との接点を作り出すコーディネーター、コンサルタントとしても絶賛驀進中! 2018年より毎週火曜日午後7時台エフエム沖縄『Share TIME』にボス・イケムラとしても沖縄の隠れた魅力を発信中!

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