Invisible RYUKYU 第117回目は『蔡温と国際通りとスクエア』

Wandering Okinawa!

さて!今週のインビジブルは、先週に引き続き『沖縄最強の政治家』こと『蔡温(さいおん)』に纏わるインビジブルネタをお届けしました(´∀`)

まさかの毎度のコーナー入りアカペラでは、

『サイオンにはファンがガーって来る』という『サイモン&ガーファンクル』には程遠いギャグからの、彼らの名曲『明日に掛ける橋』を歌うという愚業!

でもね、まさかまさかのこれがピッタシカンカンな組み合わせで、今回メインで取り上げたのが『サイオンと琉球の橋』というネタでね、サイオンも琉球のために架け橋になったことと合致するじゃない〜(´∀`)

先週は蔡温の生い立ちと、どういった偉業を残してきたかを紹介しましたが、今回はその蔡温の没後にも蔡温という人物がいかに琉球、そして現代の沖縄にも影響を与えているかというところを紹介しました♪

まず、今この21世紀という時代にも蔡温は県民に大きくその名を知られており、蔡温に敬意を評して蔡温と名の付く施設や建造物があったりもしますね。

例えば何を思い付きますか?

やはり現代であれば、那覇は国際通りの安里に存在する『さいおんスクエア』でしょうね♪

ダーさんなんてオフィスも近いはずので、より親近感あるのでは?

ゆいレール牧志駅直結の商業施設であるさいおんスクエア、宿泊施設も入っていれば建物前にはいろんな催し物も行われる駅前広場があったり、巨大ハーリーの形をしたベンチなどもあって行き交う人を楽しませてくれるよね♪

さらに施設内には牧志公民館や牧志図書館も入居し、もともと久茂地公民館で見ることが出来たプラネタリウムもバージョンアップして週末を中心に投影会が行われ、定期的に無料投影会も行われています。

現在はこのようなコロナ状況で一時閉館となっているけども、興味のある方はコロナが落ち着いた頃にぜひホームページをチェックして遊びに行ってみて下さい。

さらに、このさいおんスクエアの見所と言えば、巨大なうふシーサーとその背後に伸びる近代感溢れる安里川親水公園!

このうふシーサーは焼物としては世界最大のシーサーで、4トン以上の粘土を使用し、 高さ3.4メートルにも達する。壺屋焼300年の伝統を受け継ぐ陶工たちが、街の守り神として、国際通りの守り神として、そして県民をはじめ、訪れる人全てを見守るためにその技を結集し制作したものだと。

シーサーが抱える毬からは、下水を高度処理した再生水が溢れ出してる。

そしてその背後の安里川親水公園。これが完成した時には県民ながらに驚いたよね。まずカッコいい!川をこれだけ近代的にフューチャーした商業施設なんて沖縄にはこれまで無かったはず、それこそ博多のキャナルシティか!?と思わせたほど。

しかし実はこの親水公園の役割は、その見た目のカッコよさの何十倍もの重要性を持っており、もしこの公園が完成していなかったら、未だあの安里川エリアは川の氾濫被害に悩まされ続けていたことだろう。

自分たち世代でもまだ記憶に新しい、2007年の集中豪雨!

安里川の氾濫によって、あの近辺の施設や店舗は大打撃を受けましたよね。

もともとあのあたりの河川水路が川規模の割に細く、しかも急カーブ続きで大雨になると水量を抑えきれずに氾濫してしまっていたらしい。

改修前の安里川:さいおんスクエアパンフレットから

それ故に近年になって安里川に流れ込む金城川上流に金城ダム、そして真嘉比川上流に真嘉比遊水池が整備された。んだけども、2007年の安里川氾濫はその後に起こっている。

そこで改めて川を含めての都市開発が計画され、なんと、川の流れ自体を人的に作り変えてしまって、より緩やかなカーブで流れるように、そして川幅を大幅に広げて出来たのが今の安里川親水公園内の安里川であるわけだ。

回収後の安里川:さいおんスクエアパンフレットから

しかもこの公園、ただカッコいいだけではなく、細部にも粋な計らいが見て取れる。

例えば堤防となる川の壁にはグスクの城壁にも見られるような琉球石灰岩を使っての相方積みが施されていたり、識名園の池に接する船揚場をイメージした『シンチキー』と呼ばれる船着場が整備されていたりと。

で、実際に公園内のイベントなどではこの船着場からカヌーに乗れたりもしてますよね。

ここでようやく『蔡温』とこのエリアの接点に入っていくんだけど。

この公園内の川は国際通りに掛かる橋の下を通ってより下流、そして海へと繋がっていくわけだよね。で、この国際通りの一部にもなっている川の上に掛かる橋、それが蔡温橋という橋なわけね。

そして蔡温橋から安里三叉路までの通りを蔡温橋通りともいう。

さらにこの通りには蔡温橋商店街組合という組合もあり、そういった流れから一般公募だけども『さいおんスクエア』という施設名が付いたというわけ。

ほ〜、なるほど確かにそうだ!あの橋は蔡温橋だったね!と気付く方は結構いるかと思う。でも何で蔡温?

実は蔡温、先週にも伝えたようにかなりの治水学に長けた人物であった。当時、もちろん車もない時代、川の水路を使っての小型船での移動や物流というのは非常に重要だったわけだよね? 

そこで那覇(当時の那覇は現在の久米とか西町、東町あたりの離れ島)から首里まで続く川の水路途中にあるこの安里川を改修し、もうちょっと上流域で、今の松川にあたる当時の『茶湯崎村(チャナザチムラ)』に一定規模の湊を整備することで、より交通の便を発展させ、人々の生活を良くしていきたいという計画を持っていたという。

その頃からの想いが後の時代にも引き継がれ、蔡温に敬意を評して昭和の初期頃に安里川に掛かるあの橋を蔡温橋と名付けたんだと。

今の牧志駅あたりには、蔡温湯という銭湯もあったらしいよ。

で、実際に今でも那覇の松川には、安里川上流の真嘉比川に掛かる茶湯崎橋と言われる橋と、

真嘉比遊水池からの真嘉比川と金城ダムからの金城川が合流する部分に指返橋(サシカエシバシ)という橋があって、読んで字のごとく、川水路の中において指し返す場所になっていたという。

実際、指帰橋は当時どこに掛かっていたのかは分かっていないらしい。

これがどういうことかっていうと、海に繋がる潮の満ち引きをうまく利用して、海が満潮になる頃に満ち潮に乗って上流へ向かって船を漕ぎ、潮が引く頃に引き潮に乗って下流へ下ることを意味すると。

そう、いわば橋の名前から、実際に当時は川の水路を使って那覇から松川、金城あたりまで船で移動してたってことの証明にもなる。

橋の下は真嘉比川と金城川が合流する場所となっている

しかしうまく考えたもんだよね。我々ももっと私生活において先人たちのように知恵を絞らんとダメだな〜と思わされるよね。グーグル先生ばっかに頼っていたら、そのうち脳みそのシワが無くなるよってね。

そして現代でも、なるほど安里川にはもしかすると潮の満ち引きが関係しているのではないかという一つ面白い現象もあるじゃない?

そう、安里川、蔡温橋付近まで上ってきて発見されるサメ!

海の生物であるサメが淡水であるはずの川まで上ってくるってことは、やっぱある程度のところまで潮が上っていってるんだなって。

住宅地の川に危険サメ 国際通りの川にも 理由は不明「鋭い歯に注意を」
 「国場川にサメがいる。子どもたちが落ちたら危険ではないか」。2日、那覇市の国場川周辺住民からの目撃情報が琉球新報に寄せられた。すぐに記者が現場に向かい、サメの姿を撮影。専門家に確認すると、オオメジ...

それともひとつ面白いのが、その指帰橋だったり、蔡温橋だったり、泊高橋だったり、結構主要な橋のライブ映像ってのがウェブ上で常時見れるようになっていて、まずはそこをネット上見てみるだけでも結構面白いはず♪

沖縄県河川情報システム

こういった先人たちのいろんな知恵や技術が結集して、川の氾濫も滅多に起きない平和な現代を過ごさせてもらっているわけだからね。

そういうとこにも感謝しながら、次回から川を眺めてみてはいかがでしょうか♪

するとそんな大事な川に、ゴミなど投げ捨てる気にもならないはずよ!

そんな本日放送後の一枚は、三人してブリッジに掛けての人間ブリッジ!!

ワワワワケンロー!


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E.KEMURA

E.KEMURA

沖縄県内で、外国人向けのフリーペーパー Japan Update の運営を経て、現在は沖縄英字ウェブマガジン Okinawanderer の発行、国際交流プログラム開催、および外国人向けライフスタイルサイト Okistyle を運営する(株)琉球プレスの代表。日々外国人と民間業者との接点を作り出すコーディネーター、コンサルタントとしても絶賛驀進中! 2018年より毎週火曜日午後7時台エフエム沖縄『Share TIME』にボス・イケムラとしても沖縄の隠れた魅力を発信中!
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