インビジボーRYUKYU 改!琉球大里列伝④ 大里の古い集落から、琉球方角『北=ニシ』説の否定を確信した!

インビジボー改!琉球㊙︎外伝

少し間が空いてしまったが、『ボスイケムラ的・琉球大里列伝』、引き続き検証していこう!

前回までに、大里こそが古代琉球の最重要ポジションであり、西原も南風原も東風平も大里が起点となって地名が付いている!それ以外には納得できる説が見つからない!と伝えてきた。

その際にも伝えたが、沖縄では古来より『北』のことを『ニシ』と呼んできたとの説があるのだ。

しかしボスイケ的には、どうにもそれが今まで腑に落ちなかった。後付けなんじゃないのかと。

曖昧すぎる東西南北、西原の西はホントに北のニシ?

西原町(西原間切)は、首里城の北(ニシ)にあるから『西原』だという。

ん〜、どっちかというと方角的には北でもないし東側だけどな〜。

昔は現在の石嶺や天久あたりまで西原間切だったからというのも、あまり説得力が無い。。だったらそもそも石嶺や天久の原に『西原』と付けておくべきじゃ?

例えば正殿正面を方角の基準とするなら、正殿からずっと後ろ(北)に西原が位置するので、そこを『北(ニシ)』の原で『ニシハラ』と呼ぼうというのは確かにアリだと思う。

ただし、その説だと南風原が首里城の『東』となっておかしい。さらに東風平なんてそのもっともっと『東』だ。

逆に南風原が首里城の南で南風原というなら、東風平はなぜさらにもっと南?

ん〜、首里基準で考えていると答えは出そうにない。

そこで、沖縄には他にも『西原』『南風原』という地名がいくつかあるので、それらを合わせて検証してみよう。

浦添にある西原は、浦添グスクの北にあるから『西原』?読み方は『ニシバル』だ。

確かにグスクの北、いや実際には東北だけど、、そもそもどこから見ての北なのか? 

首里城と同じように正殿基準説に当てはめるならば、『浦添西原』は浦添グスクの西になるので、その場合『北=ニシ』は噛み合わない。

さらには、うるま市にも『西原』があって、今度は安慶名グスクの南に位置する上に『イリバル』と読む。。ここでは『西=イリ』となっている。。

正殿の向きが定かではないけど、方角基準で考えても『南』にあるのに『西』と、ますます噛み合わない。

また、勝連グスクの近くには『南風原』集落があり、こちらは正殿基準説で考えて、グスクの手前に位置するので『南風原』だろう。正殿は南風原側を向いていたと考えられている。

もう一ついうと、なんで北谷は『キタタン』と呼ばれていたのか?

ここではしっかり、北を『キタ』と読んでるじゃないか!?

そんな中、今回大里をリサーチしていく上で、さらなるこの『西原・南風原』の琉球方角ミステリーまで紐解けていったのだ!!

まさかの大里内にも西原と南風原があった!

大里を探索している最中、大里にも南風原という地名があるんだな〜というのは分かっていた。

大里の南風原集落石獅子がわりと有名だからだ。バス停の壁にチョコンと鎮座する可愛らしい獅子。

さらにリサーチを続けてると、大里グスクがあるあたりは、もともと『西原』集落だったという。

西原 | 南城市役所 | 南城市役所
西原 | 所在地大里字大里487番地連絡先-世帯数・人口世帯数49 人口113(令和6年6月末時点)自治会の紹介県内でも有数の規模を誇る国指定史跡の島添(シマシー)大里(おおざと)グスクをはじめ、カニマン御嶽、島添...

現在は大里字大里になっているが、地元の人の間では今でも『西原』と呼ばれている。

ん!? ここに何か『北=ニシ説』のヒントがあるんじゃないか!?

ジーッと地図を眺める。

大里グスクを起点として、標準の方角基準で考えるとまずおかしい。

グスクの西に南風原集落、グスクの南に西原集落となる。。

逆に正殿基準(グスク基準)にして、例えばグスクの南に南風原が位置するように仮定すると、東に『西原』が来てしておかしい。

今度はグスクの西に西原が位置すると仮定すれば、北に『南風原』。

仮に北を『ニシ』と意味する場合にしても、北が『西原』だと東が『南風原』になるのでおかしい。。

ん〜、、どれも合わない。。ん〜ん〜。。。

やっぱり、ボス的方角説解明は少し厳しいのかね〜と思っていた矢先!

まさかの事実が飛び込んできた!

大里グスク以前のグスクが存在していた!

なんと!!以前にもすでに探索に入ったことがある、大里の神秘過ぎる『山』、

『ギリムイグスク』は、大里グスクが築城される以前のグスクであった。と!

ギリムイグスク | 南城市役所 | 南城市役所
ギリムイグスク | 大里地区にあるギリムイグスク。島添大里(しましーおおざと)グスク近くの市道南側の小高い森に位置しています。島添大里グスクが築かれる前の、政治的支配者の居住地であったとも...

な、なヌー!!!

ちょ、ちょっと待てよ( ゚Д゚)!キムタクならぬボスタクです!ってタクシーふーじーやさに。

え!?

てことは、待て、ギリムイグスクを基準とすればどうなる?

え? え? え”〜( ゚Д゚)!!!!

まさかの強烈発見!!

さっきの地図からぐるっと180度回転させてるけど、左の小さい青マルが大里グスクね。

真ん中の青い大きい星が『ギリムイグスク』、『ギリ森(ムイ)グスク』。

そこを中心として見てみると!?

うりひゃー( ゚Д゚)!!

ビンゴでビンゴ!

西に西原! 南に南風原! ピッタリ合うやさにー( ゚Д゚)!!

そ、そうだったのか!!

そこまで遡る必要があったのか!!

これで、おそらくは北をニシ(西)と読んだ説は後付けでしょう?との自分の中で確信した。

しっかり西はニシと読まれている! 西の方角を意味している! 

『ハエ』や『コチ』と同様に『ニシ』、『キタ』も遥か昔からそう呼ばれ、そう意味していた!

仮に沖縄では北をニシと読んでいたとしても、西もしっかりニシなので、北=ニシ→『西』を当て字にはしてないと思う。

西=イリ 東=アガリ というのは後世になって確立された沖縄ならではの読み方だとは思うよ。

ただ、『北=ニシ(西)』説はちょっと違うんじゃないかなと。

『ミーニシ』に関しては?という疑問もあると思うけど、そこもしっかり調べているのでまたの機会に。

そしてそしてこのギリムイグスク!

周辺の御嶽群と合わせて、さらに読み解けてくる琉球ミステリーがまだまだあった。

バリバリ長くなるのでまた次回に!

やっぱり大里だぜ!!

ワワワワケンロー!!!


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E.KEMURA

E.KEMURA

沖縄県内で、外国人向けのフリーペーパー Japan Update の運営を経て、現在は沖縄英字ウェブマガジン Okinawanderer の発行、国際交流プログラム開催、および外国人向けライフスタイルサイト Okistyle を運営する(株)琉球プレスの代表。日々外国人と民間業者との接点を作り出すコーディネーター、コンサルタントとしても絶賛驀進中! 2018年より毎週火曜日午後7時台エフエム沖縄『Share TIME』にボス・イケムラとしても沖縄の隠れた魅力を発信中!
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