Invisible RYUKYU 第159回目は『おもろまちとマチナトハウジング、名残は巨大な水タンク』

Wandering Okinawa!

グリーングリーン丘の上にはララ ボスも燃える〜(´∀`)!

イーンダヨー!グリーンだよ〜!

ということで、今宵はかなりグリーンを意識したインビジブルとなりました〜♪

まず、以前にもお伝えしたことがありますが、明日の3月17日は、アイルランドの祝日『セントパトリックスデー』ですね♪ 

この日はアイルランドにキリスト教を広めたと言われるセントパトリックの命日で、

もう世界中がアイルランドカラーの『緑』に染まる日となります(´∀`)

緑の服着けて、緑の帽子被って、緑のミントのビール飲んで、アメリカなんかでは川の色まで緑に染まるというスケール桁外れのお祭りになります。

沖縄でもコザとかアイリッシュバーなどでは盛り上がる日になりますよね♪

今年はさすがに自粛モードでの開催になるとは思うけど。

ということで!ワタクシもそれに乗っかって、今日真緑のオキワンTシャツで登場したというわけですね〜♪

ぜひ、明日は皆さんも緑の洋服に身を包んで、緑の何かを身に付けて、ハッピーセントパトリックスデーと声かけしてみましょう♪

では、ここからが今日のインビジブルですが、今日は、というか数週にかけてになってくると思いますが、満を辞して那覇の『おもろまちエリア』を紹介していきたいと思います!

オモロー!世界のボスアツです(´∀`)

古いか!?

まず、おもろまちという街は沖縄で今最もポピュラーで、住宅地としては最も土地が上がってきているエリアの一つになっていますよね。

高層住宅、ショッピンセンター、企業ビル、飲食街、大きな公園、高校、小学校も銘苅小、天久小と新しく2つも出来た。

なんでこうも急に頭角を現してきたかといえば?

マチナトハウジングエリアの返還地

そう、実はおもろまち一帯が広大なアメリカ軍施設の返還跡地で、那覇市街にも近く、新しい綺麗な街づくりが可能だったからですよね。

基地の返還に関してもまだ結構最近のことなので(1987年)、どんな感じだったか覚えてる人も結構いるんじゃないかなと思う。

その当時の米軍施設の名前がマチナトハウジングエリア、牧港住宅地区というハウジングのエリアだった。

国土地理院写真 左が58号線 右が330号線

戦後これだけの土地が摂取されて、あれだけの広さの住宅エリアを作った。3000人くらい住んでたみたいね。

ものすごい広さだよ、変貌した今の街並みからだと想像しにくいけど、当時の安里、真嘉比、古島、銘苅、安謝、上之屋の一部が奪われて造られた。

南は今の330沿いのDFSとかサンエーメインプレイスから58号線の上之屋あたりまで。

北は同じく330の古島交差点から58号の天久交差点くらいまで。

その内側全部がハウジングエリア。

当時からすでに、大型庭付きコンクリート住宅はもちろん、野球グラウンド、テニスコート、プール、ローラースケート場、ゴルフ場、学校までもがあった。

けども返還後、完全にフラットにしてしまってからの街づくりが行われた。家とか建物だけじゃなく、敷かれていた道路も全部取っ払って真っ新なゼロからの街づくりを行ったんですね。

返還後のマチナトハウジング

中には敢えて不自然な形で手を加えているエリアもあったりするんだけど、そこはまた奥が深いので次の機会に。

ということもあって、この開発エリアからはほぼほぼその当時の名残を探すのが難しくって、インビジブルスポットも見つけにくいんだけど。どうにか手がかりのある場所をいくつか紹介しよう。

新都心の巨大タンク

メインプレイスの近くに『安里配水池』と呼ばれるでっかい水タンクがありますよね。

あのタンクが立つ丘は、戦時中アメリカ軍からシュガーローフヒルと呼ばれていて、昔から見晴らしも良く、戦時中には日本軍の司令部がある首里城までの最終攻防ラインとして、沖縄戦の中でも有数の激戦区となって、かなりの戦死者を出した丘にもなっている。

終戦後、アメリカ軍はこの丘の目の前にマチナトハウジングエリア造り、そのエリアへの生活用水の給水を目的として丘の上にウォータータンクを設置する。

その巨大ウォータータンクが、時を経て土地の返還を経て今尚、建て替えおよびさらに巨大化されたものの、以前と同じ場所に立ち、街の移り変わりを見守っているというわけ。

このシュガーローフヒル、現在はタンクのすぐ横まで登って行くことが出来て、そこには展望台とシュガーローフヒルの歴史案内表記板がある。

もう周りには高いビルばかりであまり見晴らしが良いとは言えないのと、やはりマチナトハウジングの名残は感じられない。それでもぜひ、実際に登ってみてそこがどういう歴史を辿ってきたのかを感じて欲しいと思う。

逆の安里方面側は那覇の街を見下ろせて、国際通りの建物なんかも見つけることができる。

それからもう一つ、同じく巨大ウォータータンクなんだけど、今度はこのシュガーローフヒルの逆サイドの58号線近くにも大きいのがあるよね。

あれは『泊配水池』といって同じく那覇を中心に水の供給をするタンクなんだけど、その昔そこには泊浄水場という浄水場があった。

沖縄県公文書館所蔵

その浄水場も一度戦争によって破壊され、アメリカ軍政府の下再建されたんだけど、アメリカ軍の所管であった。方やウチナーンチュは慢性的な水不足に悩まされていた。

その後昭和29年ようやく沖縄に返還され、しばらくの間は浄水場として利用されていたんだけど、急速な近代化による水不足と水質悪化もあり、昭和63年に閉鎖されることになる。

そしてその跡地に泊配水池が立ち、今に至るというわけ。

ちょうどその二つのタンクの間に、那覇市水道局もあるよね。

ただ現在那覇には浄水場は一つもありません。北谷や西原の浄水場から水を引っ張って来ている。

ということで、現代の我々は何の不便もなく水を使うだけ使ってしまっているけど、水一つとっても大きな苦労をされてきた方々がいることも忘れずに、さらにこういった激動の過去を踏まえた上で現在あれだけ発展したおもろまちがあるということは忘れないでおきましょう!

放送後の一枚は、セントパトリックスデーの妖精『レプラコーン』を真似て緑の帽子を取る三人!

ワワワワケンロー!!


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E.KEMURA

E.KEMURA

沖縄県内で、外国人向けのフリーペーパー Japan Update の運営を経て、現在は沖縄英字ウェブマガジン Okinawanderer の発行、国際交流プログラム開催、および外国人向けライフスタイルサイト Okistyle を運営する(株)琉球プレスの代表。日々外国人と民間業者との接点を作り出すコーディネーター、コンサルタントとしても絶賛驀進中! 2018年より毎週火曜日午後7時台エフエム沖縄『Share TIME』にボス・イケムラとしても沖縄の隠れた魅力を発信中!
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